
窓から緑が見える暮らし、素敵ですよね。
でも、景色だけで決めると『こんなはずじゃなかった』となりがちなんです。
テレワークの普及やライフスタイルの変化により、「地方移住」への関心が高まっています。
豊かな自然や広々とした住環境は大きな魅力ですが、建築士の視点で見ると、そこには都市部とは異なる「建物と土地のリスク」が潜んでいます。
本記事では、感情的な憧れだけでなく、物理的・法的な側面から移住のメリット・デメリット、そして具体的な注意点を解説します。
1. 建築士から見た地方移住のメリット
建築的観点から見た最大のメリットは、「コストパフォーマンス」と「空間の自由度」です。
1-1. 土地の広さと設計の自由度
都市部では土地価格が高騰しており、狭小地での3階建てなど、制約の多い設計になりがちです。
一方、地方では同じ予算で数倍の敷地面積を確保できるケースが多くあります。
敷地が広ければ、平屋(1階建て)の計画が可能になります。
平屋は階段がないためバリアフリー性が高く、構造的にも安定しやすいため、永く住む家として理想的な形状の一つです。

実は、階段のない『平屋』こそが究極のバリアフリー。
30年後、40年後の自分たちにとっても、最高の贅沢になるはずです。
1-2. 既存ストック(古民家)の活用ポテンシャル
地方には、太い柱や梁を使用した立派な日本家屋(古民家)が残っています。
これらを新築で再現しようとすれば、莫大な材料費がかかります。
良質な既存ストックを安価に入手し、適切にリノベーションすることで、新築以上の価値ある空間を手に入れられる可能性があります。
2. 建築士から見た地方移住のデメリット・リスク
一方で、物理的な「住環境」としては深刻な課題も存在します。
特に注意すべきは「温熱環境」と「耐震性能」です。
2-1. 命に関わる「寒さ」とヒートショック
地方の戸建て、特に古い家屋は「無断熱」であることが大半です。
日本の断熱基準が強化されたのは平成以降であり、それ以前の建物は冬場の室内温度が外気温と変わらないほど下がります。
これにより懸念されるのが「ヒートショック」です。
暖かい居間から寒い脱衣所・浴室へ移動する際の急激な温度変化が血圧変動を招き、心筋梗塞や脳卒中を引き起こします。

『寒さは着込めば我慢できる』は大間違いです!
家の寒さは、健康寿命を縮める最大のリスク要因。
ここだけは妥協しないでください。
※消費者庁のデータ等によると、入浴中の事故死者数は年間約1万9000人と推計されており、これは交通事故死者数の数倍にのぼります。
2-2. 見えないコスト「インフラ維持費」
都市部では当たり前の上下水道が、移住先で整備されているとは限りません。
- 浄化槽(じょうかそう): 下水道が通っていない地域では、各家庭で汚水を処理する浄化槽の設置と定期的な保守点検(汲み取り含む)が義務付けられます。
- プロパンガス: 都市ガスに比べて料金設定が高くなる傾向があります。
これらのランニングコストは、家賃やローン以外にかかる固定費として計算に入れる必要があります。
3. 【重要】物件・土地選びの具体的注意点
ここからは、実際に物件や土地を探す際に確認すべきポイントを、専門用語の解説を交えて紹介します。
3-1. 「耐震基準」の確認(1981年の壁)
中古物件を購入する場合、その建物がいつ建てられたか(建築確認の日付)が最重要です。
- 旧耐震基準(1981年5月31日まで): 震度5強程度で倒壊しないことを基準としています。
- 新耐震基準(1981年6月1日以降): 震度6強~7程度でも倒壊しないことを基準としています。

昭和56年(1981年)以前の家が悪いわけではありません。
ただ、『耐震改修の予算』を確保せずに買うのは、おすすめできません。
旧耐震基準の建物を購入する場合は、必ず「耐震診断」と「耐震改修」をセットで考えることを強く推奨します。
安く購入できても、改修費で数百万円かかるケースは珍しくありません。
3-2. 都市計画法による制限(市街化調整区域)
「景色が良いから」「安いから」という理由で選んだ土地が、「市街化調整区域」である可能性があります。
- 市街化調整区域: 原則として家を建ててはいけないエリア(農業や自然を守るため)。
この区域にある中古住宅を購入した場合、建て替えができなかったり、増改築に厳しい許可が必要になったりします。
また、住宅ローンの審査が通りにくいという金融面でのデメリットもあります。
3-3. ハザードマップと地盤
地方は山や川に近い分、土砂災害や洪水の災害リスクと隣り合わせです。
- 土砂災害警戒区域(イエローゾーン): 警戒が必要な区域。
- 土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン): 建築物に特定の構造規制がかかり、開発行為が厳しく制限されます。
自治体が公開している最新のハザードマップを確認することは必須です。
また、過去の航空写真や地名(「沼」「谷」などがつく場合)から、地盤の弱さを推測することも重要です。
4. 古民家リノベーションの現実
「古民家カフェのような家」への憧れは多いですが、居住用として成立させるには以下の工事がほぼ必須となります。
- 断熱改修: 壁・床・天井に断熱材を入れる、窓をペアガラスや内窓(二重窓)にする。
これがなければ冬の生活は極めて過酷です。 - 水回りの刷新: 古い配管は腐食や詰まりのリスクが高く、すべて交換が必要になることが多いです。
- シロアリ・腐朽対策: 床下を確認し、土台や柱がシロアリ被害にあっていないかチェックが必要です。
「物件価格0円」の家であっても、人が安全・快適に住める状態にするには、最低でも500万〜1000万円以上の改修費がかかる覚悟が必要です。

移住を推進している自治体では、補助金が支給されることが多いです。
最大200万円なんてところもあります。
条件は各自治体によって異なりますので、しっかり確認しましょう。
5. まとめ:建築士と進める移住計画
移住はライフスタイルの変化ですが、それを支えるのは物理的な「建築物」です。
不動産屋は「売買」のプロですが、「建物の性能や構造」のプロではありません。
契約前に、以下のステップを踏むことをお勧めします。
- 自治体のハザードマップと都市計画図を確認する。
- 中古物件の場合は、インスペクション(建物状況調査)を実施する。
- リフォーム費用を含めた総予算を算出してから購入を決定する。
理想の暮らしを実現するためには、リスクを正しく恐れ、対策を講じることが不可欠です。
専門家のアドバイスを適切に取り入れ、安全で快適な移住生活を手に入れてください。

不安を煽ってしまいましたが、リスクを知っていれば対策は打てます!
理想の暮らしへの第一歩、まずはハザードマップを見ることから始めてみましょう。
事実確認・補足事項
- ヒートショックの死者数について:
記事内で触れた「年間約1万9000人」という数字は、2011年の厚生労働研究班の推計や、東京都健康長寿医療センター研究所の発表などで引用される一般的な推計値です。
ただし、これらはあくまで推計であり、毎年の確定値として公的統計が出ているわけではありません。最新の動向としては、高齢化に伴い入浴中の事故は増加傾向にあります。 - 耐震基準の年月について:
1981年(昭和56年)6月1日の建築基準法改正を境界線とすることは、建築業界の共通事実であり正確です。 - 市街化調整区域について:
原則として建築不可ですが、自治体の条例や既存宅地の特例などで建築可能な場合もあります。
記事では複雑化を避けるため「原則として」という表現に留めていますが、個別のケースについては各自治体の建築指導課等への確認が必要です。 - 関連法令:
本回答は、日本の「建築基準法」「都市計画法」「宅地建物取引業法」に基づき作成しています。


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